オーストラリア農業を襲う干ばつの現状と、国民の「マイトシップ精神」とは?

20180812.HeapsArt_Photo by Bonnie Kittle on Unsplash

オーストラリアで深刻な干ばつによる飼料不足に悩む農家を、民間からの寄付で助けようという動きが広がっています。水不足で約1,200頭の羊の殺処分に直面した家畜農家の悲惨な現状をオーストラリア国内のメディアが報道した直後から、政府より早く民間団体や企業、個人が寄付や支援活動を開始しました。困難な状況が発生したときに発揮されるオーストラリアの助け合い精神「マイトシップ」や、干ばつ被害農家への各種サポートについてまとめました。

牧草育たず、農家は資金の限界

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デイリー・テレグラフの7月22日付のニュース記事

オーストラリアの新聞「デイリー・テレグラフ」の日曜版「サンデー・テレグラフ」(7月22日付)で、干ばつ被害により危機的状況に立たされている羊農家がトップ記事として取り上げられました。記事のタイトルは「羊たちの沈黙 – NSWの農家、飢えた群れを維持できず殺処分へSilence of the lambs: NSW farmer to shoot starving flock because he can’t afford to feed them)」。

記事には、以下のような惨状が綴られていました。

  • ニューサウスウェールズ(NSW)州北西部の農家レス・ジョーンズ氏は今月、飢餓に苦しむ羊1,200頭を銃殺し葬る予定。羊は骨と皮だけの状態。
  • 農地にはもう羊が食べられる牧草が生えていない。希少な干し草や値上がり中の穀物を買い、資金は既に底をついている。
  • 飢餓のため1日10頭の羊が死んでいる。人道的な観点から殺処分しか打つ手がない。
  • 農業用水は干上がり、ジョーンズ一家の飲み水や風呂などの生活用水も欠乏状態。
  • ジョーンズ氏は60年暮らした農場と家の売却を計画中。近隣農家も同様の状況。

他にも、毎日死んでいく羊のなきがらを埋葬場所に運ぶ作業をジョーンズ氏の娘も手伝ったことや、親を亡くした小さな子羊の様子などにも触れられ、読み手の心に訴えかける力のある記事でした。これまでにも干ばつの深刻さや農家へのダメージを訴える報道はありましたが、この記事は特に衝撃的な事実を事細かに伝えており、紙面のトップ(カラー)であったことも奏功して大きな反響を呼びました。

政府からの資金援助は不足

オーストラリア最大の農業チャリティー団体「オージー・ヘルパーズ(Aussie Helpers)」は、毎月10万ドル(約1,100万円)以上を拠出し、NSW州の上述のエリアなど約150軒の農家を食品や飼料の購入という形でサポートしています。農家が飼料を買えないということは、もはや自身の生活にも困窮している状態。しかしこの資金に、政府からの補助は含まれず、個人や企業からの寄付で運営されているそうです。

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痩せこけた羊が写る、干ばつ被害農家への寄付を募る画像。デイリー・テレグラフの同記事より

サンデー・テレグラフは、7月上旬から干ばつ被害の特集記事などでもNSW州の農業の惨状を継続してレポートしており、州政府や連邦政府による飼料と水の輸送補助金制度(現在は廃止)を復活させるキャンペーンを実施中。上述のオージー・ヘルパーズもこれを支持していますが、NSW州政府は無利子の農業融資(ローン)を利用するよう推奨するばかりで、この時点で補助金は出ませんでした。

オージーの「マイトシップ」精神で寄付が続々

サンデー・テレグラフ紙の一面を飾った上記の記事は非常にインパクトがあり、SNSなどでも拡散されたことで、すぐに慈善団体や個人、民間企業から続々と支援の声が挙がりました。しかし実際は、報道が大きくなる以前からたくさんの非営利団体による干ばつ被害農家への支援活動が行われていました。

オーストラリアはチャリティーボランティア活動が盛んで、人々は寄付や募金を通したサポートも積極的に行う傾向があります。今回はオーストラリアの産業である農業の危機、ひいては肉や野菜など自分たちの食卓の危機でもあるということで、反応がさらに良かったのかもしれません。

人に手を差し伸べることをためらわないというオーストラリアの国民性は、マイトシップ(mateship)精神と呼ばれており、困っている人を見たら助けることが文化として根付いています(おせっかいとも言います)。実際、旅行者が地図を片手に困った顔で歩いていれば声をかけて教えるビジネスマンがいたり、電車の中でぐずる赤ちゃんに手を焼いている母親を見て赤ちゃんをあやす人がいたり、サラッとそういうことをする人が珍しくありません。mate(オーストラリアの発音でマイト)は家族や友人などの「身内」や「仲間内」を指しますが、初めて会った人へのカジュアルな挨拶にも「Hi, mate!」などの形で使われる言葉で、親しみや同胞意識を込めているようです。

そんな「マイト」同士が助け合うのは当然だ、ということでオーストラリア人はファンドレイジング(寄付金集め)や社会活動への参加意識が高いといわれています。もちろん、移民も多く多様性に富んだ国なので全ての人が同じ行動を選ぶというわけではありませんが、傾向として、マイトシップはいざというときにオーストラリア人同士を結びつける力となるようです。個人主義とも相まって、「人がやらなくても自分はやる」という社会行動のチョイスがしやすいのかもしれません。

オーストラリアの干ばつ被害農家へのサポート

以下、7月22日以降の民間団体によるキャンペーンや、州政府、連邦政府の干ばつ被害農家に対する目立った支援の動きをまとめました。

【7月25日】
社会奉仕団体ライオンズ・クラブは、各種災害の被害を受けた農家を支援する「Need for Feed(食べさせるために必要)」というキャンペーンを2006年から継続中。今回も22日の報道からわずか3日後の25日には大型トレーラーに大量の干し草を積載し、NSW州の南のビクトリア(VIC)州を出発。28日にはNSW州のジョーンズ氏(冒頭のニュース記事の農家)の農場へ無事に送り届けました。

これは、報道に喚起された市民の行動により農家と羊の命が救われたことを意味しています。この飼料代はサンデー・テレグラフ読者からの寄付で賄われ、一連の様子は、届いた干し草の前で微笑むジョーンズ氏の写真とともにデイリー・テレグラフの記事にまとめられていました。最初に一面記事が出た22日から25日までのたった4日間で、Need for Feedには10万9,000ドル(約870万円)に上る寄付が送られたそうです。

下の写真は、オーストラリアのドキュメンタリー写真家、ディーン・シューエルによるインパクト大のインスタグラム投稿。干ばつ被害エリアの農場へ向かう、干し草を積んだトラックの行列です。干ばつに苦しむ農家は広範囲にわたっており、報道された農家の惨状はあくまで一例にすぎません。Need for Feed は、これ以前、そしてこれ以後も各地の農場への支援活動を継続的に行っています。

【7月29日】
2014年にクイーンズランド(QLD)州で設立された慈善団体「Drought Angels(ドロート・エンジェンルズ、干ばつの天使)」は、地元企業の協賛を得てラッフルの開始を告知。ラッフルは、宝くじのように賞品や賞金が当たるほか、多くのくじ購入代金がチャリティーに使われます。Drought Angelsの公式サイトは、トップページ下部に「90ドルで干し草(大)を購入」「170ドルで食料品セットを購入」などの記載もあり、明快な仕組みで寄付を集めています。

【7月30日】
NSW州のベレジクリアン首相がついに、干ばつ被害地域の農家への5億ドルの追加拠出を発表した、とのニュース報道がありました。補助金が出ると決まったのは非常に喜ばしいことですが、政府がもっと早く動いていれば救われた動物も農家も多かったのではないでしょうか。

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飼料用の干し草のベール(俵、梱)Photo by Christian Hebell on Unsplash

【8月1日】
2013年にスタートした「Buy a Bale(バイ・ア・ベール)」は、慈善団体Rural Aid Australiaによるキャンペーンで、(干し草の)ベール(俵、梱)を買うという意味。

8月1日、Buy a Bale は大手ホームセンターのバニングスのNSW州とACTの全店舗でソーセージ・シズルの販売を行うことを発表。ソーセージ・シズル販売は、オーストラリアではチャリティーの資金集めによく使われる手法で、焼いたソーセージをパンに挟んだだけのものを手頃な値段で販売します。BBQの良いにおいと素朴な美味しさに誘われ、意外と集客力のあるソーセージ・シズル。イベントは8月3日限定でしたが、トータルでなんと57万ドル(約6,280万円)以上を集めることに成功し、その後Buy a Baleは干し草の発送をフェイスブック・ページなどで報告し続けています。

上の投稿文の最後に登場する「snag」は一般的に「枯れた立木」や「思わぬ障害」を意味する言葉ですが、オーストラリア英語ではソーセージの俗語で、「バニングスに行ったら、ソーセージを食べて私たちの農家を助けよう」の意。「our farmers」という言葉に、当事者意識の高さを感じます。

他にも、1日限りでしたがドミノピザが1枚販売ごとに50セントを寄付、スーパーマーケット大手ウールワースが現金150万ドルのほか1日分の野菜と果物の売上を寄付といった、民間企業の集めた寄付金がRural Aidに送られました。

Buy a Bale のフェイスブック・ページは約10万人のフォロワーを持ち、ツイッターやインスタグラムでは「#BuyABale」のハッシュタグを多く見かけるなど、情報拡散力のあるキャンペーンという印象です。スマートフォンから簡単に募金できるシステムなども提供しています。

【8月5日】
オーストラリア連邦政府のマルコム・ターンブル首相も、干ばつ被害農家1軒につき最大1万2,000ドルの一時補助金を現金支給する方針を発表。件の報道前から支援活動を行っていた民間団体よりもかなり出遅れた決断となりましたが、オーストラリアの公共放送ABCによると、連邦政府が低金利ローンやキャッシュバック補助でなく、一括の補助金を拠出するのは初めてのことだそうです。

オーストラリアにとって農業は鉱業と並ぶ主要産業で、貿易を支える輸出品としての経済価値も非常に大きいことを考えると、農業が自然環境と人間社会の双方にとって持続可能性(サスティナビリティー)を持つべく政府がもっと支援すべきでしょう。

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農場の子羊 Photo by Bonnie Kittle on Unsplash

この他にも、現在まで数えきれないほどの支援活動が行われています。

  • オーストラリア大陸の南の離島タスマニア(TAS)州の酪農家が、「恩返し」で大量のジャガイモと干し草をNSW州とQLD州の農家に送りました。(公共放送ABC
  • Parma for a Farmer(ファーマーのためにパルマを食べよう)」- パルマ(parmagiana、パルマジャーナ)はカリカリのフライド・チキンにチーズとトマトソースを載せて焼いたものにチップスを添えたイタリアン風の軽食(#parmaforafarmerで画像検索)。このキャンペーンに参加中のパブやレストランでこれを注文すると1ドルがBuy a Baleに寄付されます。なぜかこのキャンペーンだけ、日本などで多く報道されている気が。(ロイター
  • Hay Mate: Buy a Bale」- 有志のミュージシャンが10月に開くチャリティー・コンサート。「hey」と「hay(干し草)」をかけて、ここでもマイトシップの「mate」が。オーストラリアの国民的歌手ジョン・ファーナムの出演が決定しています。(デイリー・テレグラフ
  • ニュースに心を痛めたシドニーのジャック少年(10歳)が、干ばつ被害農家を救う「1人5ドル」の寄付を同級生とともに呼びかけ、48時間で2万ドル(約220万円)を集めることに成功。10歳の子供にもマイトシップ精神です。(news.com.au

オーストラリアの干ばつの深刻さ

そもそも干ばつ(旱魃、干魃)とは、特定の地域で少ない降雨量などを原因に発生する長期間かつ極度の乾燥状態を指します。水資源の多い日本と異なり、オーストラリアでは内陸部の自然災害としてまず思い浮かぶのがブッシュファイヤー(山火事)干ばつというくらい乾燥しています。もちろん、北部のQLD州など熱帯や亜熱帯に属するエリアやオーストラリア大陸の沿岸部ではハリケーン洪水といった水害も起きますが、中央部や南部のエリアでは近年、干ばつが深刻化し、オーストラリアの主要産業の1つである農業に大打撃を与えています。

オーストラリアは今年、「2002年以来、全国的にもっとも乾燥した7月」であったと、オーストラリア気象局(Bureau of Meteorology、BoM)が8月2日にレポートを発表。近いレベルの干ばつは2006年にも起きており、昨年2017年も水不足で小麦などの穀物や野菜の生育に影響が出た地域がありましたが、今年はそれを上回る16年ぶりの深刻さ。今季、雨が平年より特に少ないエリアは以下の通りです。

  • 西オーストラリア(WA)州
  • 南オーストラリア(SA)州の南部、北東部
  • ニューサウスウェールズ(NSW)州
  • ビクトリア(VIC)州北部

NSW州の州都でありオーストラリアのビジネスの中心地であるシドニーでも、このまま雨不足が続けば一般家庭に水道の使用制限が発令されるのでは、とささやかれています。過去、実際に使用制限が出た年には時間や量の規制(洗車は流水でなくバケツに汲んだ水で、など)が通達されたそうです。

また、上記のエリアには含まれていませんが、QLD州の南部でも干ばつに苦しむ農家が数多く報告され、支援団体が干し草や食料の輸送に奔走しています。

20180812.HeapsArt_Copyright_Commonwealth of Australia, Bureau of Meteology
オーストラリア気象局(Bureau of Meteorology、BoM)による、国内全域の4カ月間(4/1〜7/31)の雨不足の状況のデータ。色が濃い所ほど降雨量が少なく、赤の部分は観測史上最低の雨量。© Commonwealth of Australia, Bureau of Meteorology

BoMの干ばつマップでは、降雨量の不足を深刻(serious)非常に深刻(severe)に分類しており、この分類は特定の場所で調査した3カ月間の雨量が、過去の記録のうち少ない方から10%以下(below the 10th percentile)にあたる量かどうかを基準にしています。この10%の雨量なら「深刻」、5%の雨量なら「非常に深刻」となります。

しかし、オーストラリアの干ばつは、雨不足による土壌の水分レベルの低下だけでなく、川や湖が少ないという地理的条件や、日照(天気の良さ)により水分蒸散の割合が高いといった気象条件、気候変動による温暖化など複数の要因が重なって起きているといわれています。

また、土壌の水分量が少ない場合、川や貯水地から水を持ってくる灌漑(かんがい)という方法で農地を潤します。オーストラリアではかんがい用水利用の公正化のために水利権の割り当てがはっきりと決められ、それによるいびつな社会構造も生じています。資産を利用して水利権を多く得た大型ファームは余るほど水を所有しているのに小規模農家に十分に行き渡らないという資源の遍在化や、利権をめぐって州議会議員の汚職が起きるなど、オーストラリアでは貴重な水は千金の価値ゆえのトラブルも生んでいるのです。

干ばつが深刻な影響を与えているとの報道があった後、マイトシップでオーストラリアの市民や民間企業のチャリティー活動がより活発化したのは非常に有益なことだと感じます。その反面、気候変動の進行を抑止する取り組みや、かんがい用水の利用の公正化など、産業界や政府が主導となってオーストラリアの自然や食を守るためにできる抜本策がもっとあるはず、とも思わずにはいられません。

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