現代美術家・池田亮司の音と光の巨大インスタレーション「micro | macro」をシドニーで体験

フランス在住の日本人アーティスト池田亮司さんのインスタレーション作品「micro | macro」が、オーストラリア・シドニーのイベント施設キャリッジワークスで展示されました。アート作品をただ「鑑賞」するというよりも、音と光、イメージの洪水に全身を任せるような不思議体験をしてきました。池田亮司さんについて、また今回の展示作品について、そして同時開催中の、フランス人コンセプチュアルアーティストのダニエル・ビュラン展も紹介します。

池田亮司とは?

キャッリジワークス(シドニー)内の会場入り口

池田亮司さんは1969年生まれ、岐阜県出身の電子音楽家/ビジュアル・アーティストです。彼の公式サイトによるとパリと京都を拠点に活動中で、「数学的な精度」と「数学的な美学」の両側面から、音そのもの光としての視覚の本質的な特徴を作品として取り上げています。

作品のスタイルは、鑑賞者が入り込んで体験する没入型のライブパフォーマンスやインスタレーション。音、映像、物理現象、数学的な概念を精緻に組み合わせて、作品として創り上げています。

池田亮司さんは国際評価の高いアーティストでもあり、世界中の美術館やアート展で作品を展示しています。ほかにCDや書籍を発表したり、舞台音楽に関わったりもしているそうです。

素粒子研究施設CERNでの滞在中に作品を着想

池田亮司さんはスイス・ジュネーブのフランスとの国境地帯にある欧州原子核研究機構(CERN/セルン)という高エネルギー物理学の世界最大の研究施設に滞在した、少し変わった経験をお持ちです。今回シドニーのキャリジワークスで公開された「micro | macro(ミクロ|マクロ)」という作品は、池田さんのCERN滞在中に生み出されたものと説明されています。

CERNは素粒子原子核といった基礎物理学の研究機関としてヨーロッパの中心的な役割を果たしている場所。観光客向けに用意された無料の施設見学ツアーも数カ月先まで予約で埋まっているという、注目度の高い研究所なのです。ではなぜここにアーティストの池田さんが滞在したのでしょうか?

オーストリアのリンツで毎年開かれるアートやテクノロジーのイベントでメディアアートの祭典といわれる「アルス・エレクトロニカ(Ars Electronica)」が、優れたメディアアートの芸術家に贈るアルス・エレクトロニカ賞(Prix Ars Electronica)というものがあります。この賞の一部としてCERNとアルス・エレクトロニカが2012〜2014年に共同創設した「Collide@CERN Residency Awardを2014年、池田亮司さんが受賞しました。

受賞者にはなんとCERNに2カ月居住できるという特典が付いていました。先端テクノロジーにインスパイアされた作品を手がけるアーティストにとって、CERNは非常に刺激的な場所であることでしょう。池田亮司さんはこの特典によってCERNに滞在したというわけです。アルス・エレクトロニカの公式サイトには「居住(residency)」と本当に書かれています。

話が長くなりましたが、「micro | macro」はそんな一風変わった背景を持つ作品ということです。

「micro | macro」はどんな作品?

Carriageworks
イベントスペース、キャリッジワークスの外観

キャリッジワークの公式ページではこの作品について「micro | macro は、芸術と量子力学の交差点に座って体験する没入型インスタレーション」と説明されています。展示は7月29日まで。

池田亮司による「micro | macro」

巨大な展示室に入る前に、まず靴を脱ぐよう案内があり、真っ暗な中で扉を開けて足を踏み入れると、そこは光と音だけの世界でした。大きなスクリーンの前の、これまたスクリーンのようなフロアスペースに座っている人々。次々と入れ替わる原子核のような映像をただ眺めるその姿は、新種の宗教儀式のようでもあり、実に不思議な光景でした。まさに体験するオーディオ・ビジュアル・インスタレーションです。

映像は下の写真のようにカラフルなものからモノクロのものまで、電子音とともにどんどん展開していきます。

イベント会場の公式サイトには作家本人の言葉として「私の作品は音や光、そして世界を、正弦波やピクセル、データに還元することで創られています。そうすることで世界を改めて別の解像度で見ることができるのです」と書かれています。

20180728.HeapsArt_micro|macro by Ryoji Ikeda

20180728.HeapsArt_micro|macro by Ryoji Ikeda

池田亮司さんは今作で人間の使う「単位」を、微視的で観察不可能なもの(量子や素粒子のことでしょうか)と対比するために、プランクスケール(プランク単位系)を使っているそうです。プランクスケールは、宇宙で最小の要素である原子を測る単位系といわれています(下線部は会場サイトからの抄訳)。これを使って表現することで、宇宙における我々の観察と知の限界を調べ、それを目に見える形として提示している、と説明されていました。
下の動画は、キャリッジワークスによる同展の紹介映像です(音なし)。

個人的には、プランクスケールについて正確に理解していないので、「こういう意図の作品だ」という前提と「こういう作品だった」という体験の結びつきが実感として弱いのが正直なところです。ただビジュアルの美しさだけでも楽しめるものだったので、体験した人の多くは「ただそこにいる」という感覚を楽しんだのではないかと想像しています。

20180728.HeapsArt_micro|macro by Ryoji Ikeda

最も印象的だったのは、電子音と合わせてフロアの上を動き回る光を追いかけて小さな子供たちが駆け回っていたことです。スクールホリデー期間中に会場を訪れたので子供連れの人も多かったのですが、音のある作品ということもあって特に気にならず、大人も子供も寝そべったり写真を撮ったりしながら自由にくつろいでいました。そこにいる「人」も作品の一部分という印象です。

もし宇宙に上なる大きな存在がいて地球を観察しているとしたら、光と音の中を駆ける子供の姿も、動き回る量子や素粒子のような小さな粒として見えているのかもしれません。

このような、ただ鑑賞するだけではない体験型のインスタレーションに出遭うたび、従来のアート作品に使われてきた「展示」や「作品」、そして「鑑賞」という言葉が果たして相応しいのか、迷うことがあります。「展覧会」なのか「イベント」なのか。こうした問いは、本来的にどんなアートも目で見るだけでなく全身で「体験する」ものだということを思い出させてもくれます。

YouTubeに、オーストラリアの公共放送ABCが制作した「micro | macro」展の詳しい紹介映像がありました。池田亮司さんご本人による解説の声も入っています。「あまり数学的な側面を強調したくはないので、体験してみてください」とのことです。

同会場でダニエル・ビュラン展も

キャリッジワークスでは8月12日まで、フランスのダニエル・ビュラン(Daniel Buren)による「LIKE CHILD’S PLAY (Comme Un Jeu D’Enfant)」という別の展示も行われています。池田亮司さんの展示とはフランスつながりでしょうか。

20180728.HeapsArt_Like Child's Play by Daniel Buren

「子供の遊びのように」というタイトルそのままに、カラフルで巨大な積み木のようなオブジェが並んだ空間で、小人の気分を味わえるインスタレーションです。見る角度で違った作品に見えて、1枚の写真では全体のイメージを伝えにくい作品でした。ぜひ訪れて確かめてみてください(インスタグラマーはこういった作品をどう撮るのでしょうか…)。

ダニエル・ビュランは決まった幅のストライプ模様などを使うことで有名なパリ出身のコンセプチュアル・アーティストで、日本でも人気があるとか。このダニエル・ビュランの展示詳細は、会場の公式ページを参照してください。

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