有名なオーストラリア土産の1つとして、先住民族(アボリジニー)の工芸品や伝統の模様を用いた製品があります。こうした「先住民アート」に似せて作られた海外産の模倣品(偽物)が問題化していることをご存知でしょうか。インドネシア産でもオーストラリア産と表示できてしまう法律、それを知りながら取り扱う卸売業者や土産物店、何も知らずに偽物を購入する旅行者……。シドニーで開催された、オーストラリア先住民のアートを取り巻く業界の歪みを考えるトークイベントの様子や、先住民アート・コードという倫理規範、今年行われた偽物の土産物の卸売業者の取り締まりなどについてお伝えします。
オーストラリア土産としての先住民アート

オーストラリアの観光地の土産物店ではよくコアラやカンガルーのぬいぐるみ、また「Australia」のロゴ入りグッズなどが売られており、その多くに「中国製」のタグが付いていることは有名な話です。オーストラリアに限ったことではないかもしれませんが、現地生産の必要性のないものなので低コストの海外産が多く流通しています。事実通り海外産の表示がされているので消費者を欺くものではなく、消費者に購入の選択が委ねられている状態です。
しかし、「アボリジナル・アート(オーストラリア先住民のアート)」として売られている製品の中に海外産の製品があるというのは全く別の問題でしょう。なぜなら、本物の先住民族にとって工芸品やアート作品の制作は収入源の1つであるだけでなく、彼らの伝統文化をシェアする行為でもあるからです。海外産の製品はアボリジナル・アートではなく、アボリジナル・アートの模倣品に過ぎず、なおかつ本物の先住民族の尊厳を傷つけ、権利を侵害するものでもあります。
オーストラリアの先住民アートをめぐって実際にどんなことが起きているのか、9月9日にオーストラリア現代美術館(MCA)で行われたトークイベント「フェイク・アボリジナル・アート – 倫理と盗用(Fake Aboriginal art: Ethics and appropriation)」では以下のような話がありました。
「国産」表示の土産物、実はインドネシア産
トークイベントのファシリテーターを務めたクロチルド・バレンはMCAのキュレーターで、オーストラリア先住民族のワルダンディ(Wardandi)とイギリス、フランスのバックグラウンドを持ち、先住民アートの分野でキャリアのある女性です。
そのほかパネリストとして、先住民アート・コード(後述)のCEOガブリエル・サリバン、アーティスト・講師のアマラ・グルーム、法律家のマイコ・センティーナの3人が登壇し、さまざまな角度から「偽物の先住民アート」について話し合われました。

ステージ上のパネリストが掲げて見せたのは2つのブーメラン。オーストラリア先住民族の工芸品としてよく見かけるタイプのものです。客席から見た限り、2つは同じ木製のブーメランのようでした。
しかし、一方は本物のオーストラリア先住民の作ったものであるのに対し、他方はインドネシア産。どちらも土産物店などで「アボリジニーのブーメラン」として販売されています。消費者には偽物か本物かを見分けることができません。
インドネシア産のブーメランも、店頭では「メイド・イン・オーストラリア」と表示されて売られているというので驚きました。パネリストによると、製造販売元が国内QLD州の会社であるため、オーストラリア製の表示をしていたのだとか。オーストラリアの会社が、インドネシアで製造し、オーストラリアで販売している「アボリジニーのブーメラン」ということです。そこに本物のアボリジニーが全く携わっていない可能性があることは、想像に難くありません。
オーストラリア産の真実
「オーストラリア産」という産地表示は近年、食品でも問題になっていました。海外産の素材を組み合わせた製品でも、少しでもオーストラリア産の原料を使いオーストラリアで加工をしていればオーストラリア産と表示することが可能であるため、実際に多くの食品にオーストラリア産とだけ記載がありました。これでは純粋に国産原料だけで作られた食品と、加工だけオーストラリアでされた商品とを区別することができません。
そこで2017年からオーストラリアの食品ラベル表示のルール変更が適用され、現在は以下の写真のようなラベルに移行しています。「オーストラリア産の材料〇%を含むオーストラリア産」というように、国産の表示を付けるには国産原料の含有割合を明記することが義務付けられました。制度が整うことで、供給側はより詳細な情報を提供するようになり、消費者が適正な情報を得られるようになる好例です。

ただ、食品以外についてはこうしたルールがないため、上述のようにインドネシア産の土産物にもオーストラリア産の表示をつけることが横行しています。事実とは違うけれども法的に間違いではない、という状態が生じていることで、結果的に本当の国産製品の生産者が市場シェアを失う、または国産品を買うつもりの消費者が欺かれる、という歪みにつながっているのです。
なお、トークイベントでパネリストが見せた2つのブーメランはいずれも30ドル程度の価格で販売され、インドネシア産の方がニスが厚塗りされテカテカしている、とのことでした。オーストラリア先住民のブーメランの制作現場を見たことのないほとんどの購入者にとって、その違いは分かり得るものではありませんが、海外産を買ってしまえば知らないうちに先住民族の文化を冒涜することにもなります。
わかりやすい例を引くなら、日本古来からの工芸品を模倣した商品(偽物)を海外で生産し、本物として日本で売るようなものでしょう。
ちなみにトークイベントが開かれたオーストラリア現代美術館のショップなどでは、本物の製品だけを取り扱っているそうです。
先住民アートにライセンス制度を導入する?

何をもって国産とするかは、新しい食品ラベルの例が非常にわかりやすく、消費者に対して親切な手法といえそうです。しかし「何をもって本物とするか」というのは、同じメソッドでは回答できない問いかもしれません。
本物のオーストラリア先住民アートの定義を考える前に、今回のトークイベントで語られた主要なトピックをまとめてみます。
- 消費者は先住民アートの偽物を買わされている
- 模倣品(偽物)が出回ることで本物のコピーライト(著作権)が侵害されている
- 偽物で得られた利益は本物の方の利益や尊厳を奪っている
- 本物の商品だけを扱う販売場所は非常に限られている
- 偽物の生産・販売を規制するのが難しい
- 先住民アートの生産や販売をライセンス化するという案がある
- その上で、偽物を購入する非倫理性について消費者への教育も必要
販売場所については、観光エリアで土産物を売る路面店やチャイナタウンのパディスマーケットなど多くの場所で販売されている一方、本物の先住民アートだけを売っている場所というのはMCAなどの美術館のショップやブラック・マーケット(Blak Market)など非常に限られている、とのことでした。ブラック・マーケットは先住民族の人々が作ったアクセサリーやインテリア用品、アート作品などを買える野外マーケットで、数週間に一度、日曜にシドニー周辺で開催されます。
また、有資格者だけが産業に従事できるようにする生産や販売のライセンス制度にも課題はあります。ライセンスの転売や名義貸しが起きないか、ライセンスさえ取得すれば誰でも生産ができるのか、制度を設けたら運用コストは誰が負担するのか、何らかの理由でライセンスを取得しない(できない)アーティストは従来通りの活動ができなくなるのか、などなど、検討すべき点は数えればきりがありません。
また、オーストラリア先住民族の出身で海外に在住して創作を行うアーティストの作品や、先住民族のコミュニティーでアーティストから技術を学んだ非・先住民の作品は、先住民アートとして本物あるいは偽物になるのかといった判断を要する事態も想定する必要が出てくるかもしれません。
インディジェナス・アート・コード(先住民アート・コード)とは

トークイベントで、「インディジェナス・アート・コード(先住民アート・コード、Indigenous Art Code)」という倫理規範と、そのウェブサイトについての紹介がありました。同サイトによると、先住民アート・コードは以下のように定義されています。
この規範の目的は、ディーラーとアーティストの間の取引に関する基準を設け、以下の3つを確実にすることです。
(a)アート作品の公平で倫理的な取引
(b)アート作品の宣伝および販売のプロセスにおける透明性
(c)本規範に基づいて生じる紛争は、効率的かつ公正に処理されること
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画像:Art Gallery of NSWより
先住民アート・コードの参加メンバーであるNSW州立美術館のウェブサイトによると、同コードとその運営団体は「IartC」の略称でも知られ、オーストラリア先住民族のアート取引を倫理的に行うために2010年に創設されたそうです。その背景には、不公平かつ搾取的な先住民アート取引の慣行があります。
オーストラリアで先住民アート業界向けのこうした規範が作られたのは初めてのことで、IartCはオーストラリア政府による支援を受けています。現在のところ規範の適用・順守は任意で、特に義務化されていたり、罰則規定が設けられていたりといったことはないようです。
先住民アート・コードは、具体的には
- 倫理的な取引のベンチマークとなる
- 購入者に、公正かつ倫理的に生産されたものという確実性を提供する
という役割を先住民アートにおいて果たします。作り手だけでなく、取引に関わる全ての人のために設けられた倫理規範ということです。もしこうしたルールが法制化されれば、生産者の権利を守りやすくなるでしょう。
トークイベントの中で法律家のパネリストからも、消費者法の観点からも先住民アートの偽物の取り締まりが必要という意見がありました。ただ、消費者法は主に「消費者の権利」に重きが置かれているため、まず製品(作品)そのものを「何をもって本物と見なすか」がはっきりしないことには、何をもって偽物と同定するかも決めることができません。
観光客向けの先住民アート、80%が偽物
今年2018年3月のオーストラリアの公共放送ABCによる「膨大な量の偽・先住民アートが販売されている」という記事では、市場に出回っている「先住民アート」のうち約80%は先住民族以外の手で作られたか海外産で、偽物が本物のマーケットを蝕んでいると報道されています。
偽物を見分けるコツは、先住民アートのデザインに特有なドット柄や線画などが、本物の場合は民族ごとに特有のパターンで用いられているのに対し、偽物は複数の民族のデザインが組み合わさっていることがあるので、そこを見るとのこと。しかしながら、一般の消費者には不可能に近い見分け方です。
この記事が出た背景として、同じ頃、オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC、日本の公正取引委員会に相当)が土産物の卸売業者を消費者法違反で訴えたという出来事がありました。卸売業者ビルビ(Birubi)は木製のブーメランなどオーストラリアの先住民アートを模倣したと見られる土産物を取り扱っており、インドネシアで製造していながら「オーストラリア」「アボリジナル・アート」「手作り」など消費者を混乱させる表示をしていたそうです。
ACCCは、ビルビが表示のミスリーディングで消費者を欺き、先住民アートの芸術的価値を損なうなどの損害をもたらしていると主張。ビルビ製品のうち1万8,000点以上がオーストラリア国内の主要観光地の小売店に卸されていたため、その損害も決して小さくありません。
ACCCによる訴えは、国際的な総合競技大会「コモンウェルス・ゲームズ」のゴールドコースト開催(4月)を間近に控えた時期に起こされたため、海外からの観光客が増えることを見越している他の卸売業者や小売店に対する牽制にもなったはずです。ビルビはACCCから罰金の支払いや商品の差し止めなどを求められています。
こうした出来事を踏まえて、MCAでのトークイベントでも「インドネシア産」の例が出されたものと思われます。
「本物」を定義する

その先住民アートは本物か、偽物か。誰が、どこで、何の材料で、どのように作れば、本物といえるのでしょうか。何をもって本物とするかは、人のアイデンティティーを同定することにも似た哲学的な問いです。
ちょうど最近、テニスの全米オープンで優勝した日本代表の大坂なおみ選手を「日本の選手」と呼ぶことへの抵抗感を示す声が日本で上がっていました。大坂選手が「日本人の母とハイチ系アメリカ人の父の元に日本で生まれ、アメリカで育った」というバックグラウンドの持ち主であること、日本語は理解するものの公式の場では主に英語で対応すること、さらに彼女の恵まれた長身などの容姿が「昔ながらの日本」的ではないことが理由といわれています。その一方、彼女のはにかむ姿や丁寧なお辞儀に日本らしさを感じるという意見もあり、大坂選手が日本代表としてプレーし優勝したことを喜ぶ声もありました。
人間のアイデンティティーの定義は詰まるところ、他者が決め得るものではなく、当人の意識によるところが大きいと考えて良いでしょう。当人が「私は△△人である」「私は◯◯のバックグラウンドを持つ」と認めるのであれば、それがアイデンティティーになります。
しかし、法的に何かを定義するには「◯◯をもって△△とする」という条件が必要です。条件に該当すれば問題ないのですが、その条件から漏れてしまう場合や該当するかきわどい場合というのも存在します。
日本の伝統工芸の例
オーストラリアの先住民アートとは異なりますが、たとえば、日本には地域ごとの職人の技が生み出す伝統的な工芸品として、陶磁器、漆器、染織品、木工・竹工品、和傘、浮世絵、和楽器などがあり、これらを国や自治体が伝統工芸と認定する制度があります。国が認定する「伝統的工芸品」と自治体が認定する「伝統工芸品」があり、両方の認定を受けている伝統工芸も存在します。さらに、伝統工芸士という国家資格も設けられ、従事年数などに応じて職人が受験すれば資格をもって技術を証明できるようにもなっています。
こうした認定や資格にはもちろん条件が付帯され、条件をクリアして初めてその恩恵を受けることが可能になります。参考までに伝統的工芸品と認定されるための主な条件は以下の5つです。
- 主として日常生活で使用する工芸品であること。
- 製造工程のうち、製品の持ち味に大きな影響を与える部分は、手作業が中心であること。
- 100年以上の歴史を有し、今日まで継続している伝統的な技術・技法により製造されるものであること。
- 主たる原材料が原則として100年以上継続的に使用されていること。
- 一定の地域で当該工芸品を製造する事業者がある程度の規模を保ち、地域産業として成立していること。
(経済産業省「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」)
条件があることで初めて定義(認定)が可能になる反面、条件を満たすことができないゆえの弊害も生じています。
たとえば上記3と4にある「100年以上」の継続について、途中で一度歴史が途切れたが再開され通算すれば100年以上続いている伝統工芸はこれに該当しないため、伝統的工芸品の認定を受けることができません。また、5の「製造する事業者がある程度の規模」を持たず、継続してはいるものの「地域産業として成立」するほどには栄えていないということも後継者不足の現代では起きているため、やはり人数や産業性の条件を満たさない伝統工芸であることから認定を受けられません。それが、いくら数百年の伝統と高度な技術を誇る本物の伝統工芸であったとしても、です。
定義することのメリット、デメリット

何かを定義するということは、条件という指で該当者をすくい上げる一方で、指の隙き間からこぼれ落ちる者も同時に生み出す諸刃の剣であるということを、覚えておかなくてはなりません。
仮定の話ですが、オーストラリアの先住民アートを定義する、あるいは何が本物かを証明するために生産側にライセンス制度を導入することがあるとすれば、誰が制度を作って運用するかということも問題になります。
現行のオーストラリア連邦政府や州政府は、そもそも先住民族を侵略し植民地として入植し、彼らの住む土地を奪ってオーストラリアという国家を樹立した経緯の上に成立しています。それに対し、先住民族はもともと複数の国に分かれており(アボリジニーという1つの民族や国家ではない)、複数の民族が複数の言語を使って生活していたことから、「オーストラリア」という国家にひとまとめされた今も彼らにとってその在り方は続いています。それは過去のことではなく、最近では先住民族の存在や歴史に経緯を払おうという動きも少しずつ大きくなってきています。
そういった状況の下、侵略者の国家であるオーストラリア政府が先住民族の伝統文化について「認定」するルールを設ける場合、一方的な押し付けにならないかという点も熟考が求められます。また、条件を設けることで認定対象からはずれる先住民アートがあったり、不利益を被るアーティストが出たりしないよう、十分な事前協議が必要でしょう。
さらに日本の例ですが、「◯◯焼」といった伝統工芸の陶磁器が産業の1つになっている地域で、外部から移り住んできた陶芸家が全く別の焼き物を作って「◯◯焼」を装って販売しているケースもあるようです。◯◯市で作っているのだから、と陶芸家当人も消費者も捉えているそうですが、本物の伝統工芸の認定がある以上、その陶芸家は「本物のように見せかけた模倣品を製造販売している」ことになります。しかし取り締まりが難しいらしく、こうした例は後を絶たないそうです。
ルールを設けても、それがしっかり守られないことには意味がありません。そういった意味でも「偽物を買わない」ための消費者の倫理教育も同時に進めていく必要がありますが、国内向けと海外からの旅行者など短期滞在者向けの教育では、本物への価値観の違いも考慮に入れる必要があるでしょう。「定義する」という行為は相対的なものであることを、今さらながら考えさせられます。
※なお、当記事で「オーストラリア先住民」としたのはアボリジナル・ピープル(現オーストラリア国土の先住民)とトレス海峡諸島(オーストラリア領の北方の島々)の先住民を指します。
