2017年にシドニーで飲食店などの余剰食材だけを扱うスーパーマーケットを開店して話題になったフード・レスキュー団体「オズハーベスト」が、今度はカフェを期間限定でオープンしました。このオズハーベスト・カフェは、オーストラリアの飲食店や食品卸売業者から出た「使えるのに廃棄になる食材」を活用したメニューを提供し、廃棄食材を減らしながら利益をチャリティーに回すという新たな循環の可能性を提示しています。オズハーベストはオーストラリアで具体的にどんな活動をしているのか、カフェではどんな食材が使われているのか、美味しくおしゃれなメニューと共に紹介します。
オズハーベストとは?
2004年にシドニーで立ち上げられた「オズハーベスト(OzHarvest)」は、飲食店などの余剰食材を回収し、食事を必要とする人に届けるオーストラリアの市民団体です。オズハーベストはこの食品廃棄を減らし再分配する活動をフード・レスキューと呼び、「フード・レスキュー団体」と名乗っています。創始者はロニ・カーン(Ronni Kahn)という女性です。
焼き色が付きすぎて店頭に並べられないパン、仕入れすぎて使い切れない野菜、賞味期限が近いために売れないお菓子など、メーカーや飲食店、小売店には食品でありながらゴミになる運命を待つだけの商品がたくさんあります。
その一方、貧困などを理由に日々の食事に事欠く人が先進国でも決して少数ではなく、「ある所には余って捨てるほどあるのに、ない所では飢えている人がいる」という食料の偏在(片寄り)は今や世界共通の課題です。
オズハーベストはこうしたアンバランスな食料事情を、ボランティア・スタッフの手と寄付で解決しようとしています。オズハーベストのシステムは、登録しているレストランなど(フード・ドナー)から余剰食材を回収し、適正に分けたものを個人宅や施設など必要とする人がいる場所へ無料で配達するという形です。非常に分かりやすい再分配の仕組みで、これが彼らのメインの活動となっています。
現在オズハーベストはシドニーの他にも、メルボルン、ケアンズ、ブリスベン、ゴールドコースト、アデレード、キャンベラ、ニューキャッスル、パースなどオーストラリア各地に拠点を持って活動しており、毎週100トンもの食品の廃棄を防いでいるとか。フード・ドナーには、スーパーマーケット、ホテル、空港、卸売業者、農家、企業イベント、ケータリング会社、ショッピングセンター、デリ、カフェ、レストラン、映画やTV関連会社など、3,000以上のオーストラリアの企業や団体が登録しています。
オズハーベストの活動がなければ、オーストラリアでは毎週100トンの食品が捨てられて埋め立て地に向かい、食事をまともに摂れない人たちは飢えたままということです。彼らの活動は、政府や自治体などがすくい上げきれていない要望や需要に応えているといえるでしょう。
余剰食材の無料スーパーマーケットが話題に
2017年、オズハーベストはオーストラリア初の余剰食材だけを集めた無料スーパーマーケット「オズハーベスト・マーケット(OzHarvest Market)」をシドニーのケンジントンに開店。非常に珍しい試みであったため、オーストラリア国内のみならず海外のメディアからも注目が集まり、オズハーベストの名前は一気に広く知られるようになりました。
このマーケットはフード・ドナーから回収された食品を並べ、「Take what you need, give if you can(必要なものを取って、可能なら与えて)」の精神に基づいて商品に値段はなく、寄付金を募る方式でボランティア・スタッフにより今も運営されています。つまり、棚から商品を取ってカゴに入れたら、そのまま持って帰る、あるいは寄付をしてから持って帰るというマーケットなのです。彼らはその場所が利用できる限り、オズハーベスト・マーケットの営業を継続する方針としています(営業:火〜金曜10AM〜2PM)。
期間限定のオズハーベスト・カフェ
こうした背景があって、今年2018年7月にシドニー東部のサリーヒルズに今度は「オズハーベスト・カフェ」が3カ月の期間限定でオープンしました。サリーヒルズはおしゃれなレストランやバー、ブティックなどが並ぶエリアとして知られ、アートギャラリーやオーガニック食品のスーパーマーケットなども点在しています。

店内に入ると焼き菓子などのスイーツがカウンターにディスプレイされ、美味しそうな「本日のおすすめ」の飲み物などの表示が。余剰食品をフィーチャーした飲食店だとは言われなければわからない、いたって普通のおしゃれなカフェといった雰囲気です。

店舗の前に2~3人掛けのテーブル席があり、店内にはカウンター席、その奥には落ち着いた雰囲気のコートヤード(中庭)のテーブル席もあります。

オズハーベスト・カフェはランチタイムを中心とした営業なので、朝食やブランチ、昼食向けのフード・メニューのほか、スイーツやドリンク、ワインも充実していました。日替わりのフードや飲み物のメニューもあり、その辺りもいたって普通の、オーストラリアによくあるカフェです。
今回注文したのは「Folozharvest Bowl: Roast Veg Stem」というメニュー。説明書きによると、ハルミチーズのクロケット、発酵食品(fermented bits)、グレイン(穀物)、蜂蜜とタヒーニ(ゴマペースト)のドレッシングが使われているとのこと。
メニュー名にある「ローストした野菜の茎」については説明に含まれていないので、おそらく仕入れた食材によって変わるということだろうと思いました。確かにこれなら、「メニューに合わせて仕入れをして、オーダーが入らなかったら食材が無駄になる」ということがなくなります。
そして実際に運ばれてきたのがこちら。シックなカフェ・メニューといった感じで、器も素敵でした。

盛り付けられていたのは、写真上から時計回りに、パリッと炒めたケール、ローストしたカボチャとカリフラワー、キヌア、何かのピクルス、ハルミチーズのクロケット(その下に凝った味のトマトソース)、真ん中がキャベツやロケットなどのサラダ。
クロケットは外がサックリ、中はふんわりとした揚げ加減。野菜はどれもフレッシュで、説明にあった蜂蜜とタヒーニのドレッシングの野菜に合う絶妙な美味しさを自宅で再現したいと考えたものの、どうにも加減が分からない複雑さ。一見して手が込んでいることに気付きにくいのですが、食材はどれも丁寧に調理され、ボウル全体で味のバランスが取れていて体が喜ぶ美味しさでした。
ピクルスに使われているのが何の野菜か聞きそびれたのですが、おそらくこれが説明にあった「発酵食品(fermented bits)」ではないかと(ピクルスは酢漬けまたは発酵のいずれかの方法で保存性を高めて作ります)。歯ごたえのある食感ですが根菜ではなさそうで、ひょっとしてカリフラワーかブロッコリーの茎の部分なのではと後から思いました。いずれも可食部分ですが調理しにくいので廃棄されがちな食材だと聞きます。
そんなことを思っていたら、オズハーベスト・カフェ開店時のニュースリリースの中で、同店のエグゼクティブ・シェフを務めるトラヴィス・ハーベイが以下のように語っていたのを発見しまし、謎が解決しました。
「1人のシェフとして、食品の無駄を減らす(reducing food waste)クリエイティブなチャレンジを楽しんでいます。このメニューは、普段レストランのテーブルに載らない食材を美味な料理に変身させるものです。カリフラワーの葉をローストし、スイカの縁の部分をジャムにして、ブロッコリーの茎をピクルスに変え、古いパンを復活させ、パンのかけらからラーメンの麺を作れば、それぞれの料理は愛をもって調理され、そして食事を必要とする人にも与えることができます」
この話にあるように、実際のメニューにも「Harvest Ramen」というラーメンが載っていました。出汁、ハンドメイド・ブレッド・ヌードル、ポーチド・エッグ、椎茸のピクルス、蒸したレタス、チリ・セサミ・オイルが使われているとのことです。シドニーは数年前からラーメン・ブームでローカル店による創作ラーメンも流行っているのため、そのタイプと考えると良いかもしれません。
ともあれ、オズハーベスト・カフェでオーダーした料理が美味しく、体にも優しいものだったことは間違いありません。余剰食品というと「古くて問題があるのでは」「捨ててしかるべきものなのでは」というイメージが先行しがちです。しかしオズハーベスト・カフェでの食事体験を通して、食べるのに古くもなく問題もなく捨てるべきでもないものを我々は日頃から無駄にして捨てている、ということをしっかり実感させられました。そもそも飲食店で安全性に問題のある食品を使えば店にとって不利益になるわけで。
この他のメニューも、スイカとバラの花びらのジャムを添えたトースト、焼きすぎたパンを使ったサンドイッチ、ハンバーガーと野菜のピクルスなど、各メニューに「食品の無駄を減らす試み」が必ず1つは加えられているという印象です。ただ余剰食品や使われない可食部分を生かすだけでなく、美味しく、しかもおしゃれに料理に使えるということを、体験的に理解してもらおうという意思と実力を感じました。下手に適当なカフェに入るよりよほど高級感があり丁寧に作られた味だったので、他のメニューも気になります。
そもそも、食品廃棄の何が問題か
食べきれないものを捨てることの何が問題なのか、ただゴミが増える程度ではないのか、という問いに対しては、オズハーベストがまとめたデータが分かりやすかったです。概要は以下の通り。
- 世界で生産される食料の3分の1がゴミになっている。これは13億トン、コストにして1兆ドル。同時に世界の9人に1人は十分な食事がない状態で、現在無駄になっている食料の4分の1を活用できれば救うことが可能。
- 食料の無駄はすなわち、生産などに使う水、労働力(人件費)、電気も無駄にしているということ。
- 捨てられた食品はゴミとして埋立地へ(オーストラリアのゴミは焼却処分でなく埋め立て。リサイクルゴミを除く)。腐敗した食品は温室効果ガスを排出し、気候変動を助長している。世界の廃棄食品から出る温室効果ガスは、米国、中国の排出量に次ぐ量。
- 2050年までに世界の人口は20億人増加する見込み。現在の生産・廃棄ペースでは食料不足になることが明らか。
- オーストラリアの食品廃棄にかかるコストは年間200億ドル(約1兆6,300億円)。埋立地に行く500万トンの食料のうち半分以上が家庭ゴミ。その他は農場、メーカー、小売店、サービス業のもの。
- 今日の社会では「食品は使い捨て」という錯覚が起きている。低価格と安定供給により真の価値が失われている。
- 家庭ゴミの3分の1は、無駄にした食品。買い物した5袋の食品のうち1袋がゴミになり、オーストラリアでは年間数千ドルを捨てている計算に。買いすぎ、食べ忘れ、期限切れなどに注意し適切に保管することで、食品もお金も節約する習慣を。
1ドル使うと2人に食事を寄付
オズハーベスト・カフェの試みは、食品の無駄を減らすこと、そして食品廃棄の現状に警鐘を鳴らすことだけにとどまらず、飲食によって支払われた金額1ドルごとに2食分の食事を必要とする人に寄付する、という仕組みも提供しています。これはオズハーベスト本体の活動である「食料の再分配」にもつながります。

十分な食事を摂ることができない人がいるという問題は発展途上国のトピックであるように思われがちですが、実際にはオーストラリアを含む先進国でも大きな課題です。
公共放送ABCの報道(2018年4月)によると、オーストラリアで経済的な事情から家庭の食料が全てなくなるという経験をしたことがある15歳未満の子供は、なんと22%に上るそうです。さらに11%の子供が1週間に一度は夕食なし、9%の子供は1週間に一度は何も食べられない日がある、29%の親は子供に与えるために自分は食事を抜いた経験がある、という結果が調査で明らかになっています。住宅価格の高騰や生活費の上昇により家計が逼迫し、小さな子供にまでその余波が届いているというのは衝撃的な事実です。
オーストラリアに限った話ではなく、日本でも貧困により朝食を摂ることができない子供のために学校でパンや牛乳を用意したり、子供食堂というコミュニティーが夕食を提供する仕組みなども話題になっています。
食料の偏在は、ごく身近なところで起きている問題なのです。だからこそ、1人ひとりがほんの少しでも意識を持って行動するだけで、身近なところから変えていける問題でもあるといえるでしょう。
オズハーベスト・カフェのサポーター
オズハーベスト・カフェの場所は「グラティア(Glatia)」という店舗と同一です。というのも、グラティアがオズハーベストとコラボレーションという形をとって、期間限定でポップアップ店「オズハーベスト・カフェ」として看板を掲げて営業しているから。ポップアップ店の正式名称は「オズハーベスト・カフェ・バイ・グラティア(OzHarvest Café by Glatia)」です。
その間、グラティアの収益はどうなる…?と気になるところですが、オズハーベスト・カフェの協賛として名を連ねているグラティアは元々、営利目的ではない飲食店なのです。
オズハーベスト・カフェの協賛企業や店舗、ブランドは以下の通りです。
- グラティア(Gratia)
プロフィット・フォー・パーパスのビジネスで、利益の100%をチャリティー活動に充てています。6月15日〜9月16日の期間、グラティアがオズハーベストとコラボレーションを行うという形で、グラティア店舗は「オズハーベスト・カフェ・バイ・グラティア」としてポップアップ店に変身。この期間中の営業で生み出された利益はすべてオズハーベストの食料配達支援活動に寄付されます。
なお、プロフィット・フォー・パーパス(profit-for-purpose)のビジネスとは、完全な営利目的ではなく、事業を通じて社会、コミュニティー、自然環境などに恩恵をもたらし、利益の一部(または全部)をミッションに差し向けることを目的としたビジネスのことです。「非営利(non-profit)」とも違うようで、適切な訳語が見つかりませんが、社会貢献目的というのが良いかもしれません。
グラティアは「HOPE」という難民支援の奨学金制度を設けており、制度の一環としてホスピタリティー・トレーニングによるキャリア支援も行う仕組みになっているそうです。オズハーベスト・カフェで、このプログラムでトレーニング中と思しきスタッフも見かけました。
- フォロノモ(Folonomo)
協賛企業の1つであり、シドニー初の「プロフィット・フォー・パーパス」レストランとして、利益の100%をチャリティーに寄付するシステムで運営されているフォロノモ。オズハーベスト・カフェの隣(370 Bourke street)にあります。上階にあるギャラリーも、同様のシステムで運営されているとか。
上記のグラティアとフォロノモは共に、マシュー・バーン(Matthew Byrne)という経営者により2015年にスタートしたそうです。
- カウンタ(Kounta)
飲食店やホテル、イベント向けのPOSシステムを販売する会社。オズハーベスト・カフェにおいては、販売した食事の利益による食料配達支援への数などをカウントするシステムを提供しているようです。シドニーとカリフォルニアに拠点を持ち、オーストラリアの飲食店では実際にカウンタのPOSマシンを見かけることがあります。
上記のグラティア、フォロノモとカウンタのウェブサイトのデザインが酷似しているので関連事業かと思ったのですが、特にそういった情報は見つかりませんでした。
- キープカップ(KeepCup)
オーストラリアを代表する「リユース可能なコーヒーカップ」のブランド。毎日のようにカフェでコーヒーを買う人が多いオーストラリアでは、使い捨ての紙コップの使用量が尋常ではなく、しかも紙コップがリサイクルできずにゴミの埋め立て地に向かうことが問題視されています。そんな使い捨て問題を解決し、デザインも洗練されたキープカップの製品はオーストラリアだけでなくイギリスやアメリカでも人気のようです。
今回オズハーベスト・カフェでは、キープカップとオズハーベストがコラボレーションしたカップが販売されています。
- アンプリファイ・コンブチャ(Amplify Kombucha)
健康飲料としてオーストラリアで大人気のコンブチャ。昆布はまったく関係なく、日本で以前に流行った「紅茶キノコ」に相当する発酵性の微発泡清涼飲料で、何を間違ってコンブと付いているのかはよくわかりません。
アンプリファイ・コンブチャはオーストラリアとニュージーランドで販売されており、オズハーベスト・カフェのメニューにもラインナップ。日本の飲料メーカーであるサントリーのグループ会社、フルコア・サントリー・オーストラリアのブランドです。
- ファースト・クリーク・ワインズ(First Creek Wines)
オーストラリア有数のワイン産地の1つであるハンター・バレーなどにブドウ畑を持つワイン・メーカー。ワイナリーはハンター・バレーから車で2時間ほどのポコルビン(Pokolbin)にあり、セラードアを持つほか、オンラインでもワインを販売しています。
- ブラッセリー・ブレッド(Brasserie Bread)
1995年にシドニー近郊でスタートしたパン・メーカーで、現在はNSW州のみならずVIC州やQLD州にも拠点を持ち、数多くのレストランやカフェにパンを卸しています。産地や精製方法にこだわったオーストラリア産小麦を使用し、サワードウやさまざまなパンを製造しているそうです。
- ブラックスター・ペイストリー(BlackStar Pastry)
シドニーに4店舗を構えるケーキ店。同店のアイコンのような存在のストロベリー・ウォーターメロン・ケーキ(薄切りのスイカやベリーを使ったケーキ)など、オーストラリアにしては珍しい程良い甘さでおしゃれなケーキが人気で、店舗はいつも賑わっている印象です。大量のスイカをケーキ用にカットして成形する際に出る廃棄部分を、今回オズハーベスト・カフェでジャムにして使用しているそうです。
- セレクト・フレッシュ(Select Fresh)
シドニーに拠点を置く野菜や果物などの卸業者。カフェやレストラン、ホテル、クルーズ船、航空機の機内食用まで、幅広く食材を提供しています。
- ガブリエル・コーヒー(Gabriel Coffee)
2006年創業のシドニーのコーヒー・ロースター(焙煎業者)。シドニーには有名なロースターがいくつもありますが、ガブリエル・コーヒーのロゴの「G」もよく見かけるものの1つです。

オズハーベスト・カフェは9月16日(日)まで期間限定で営業しています。体にも社会にも優しく美味しいものを味わいに、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。
OzHarvest Café by Gratia
営業日時:水曜〜日曜、8AM〜3PM
住所:372 Bourke Street, Surry Hills NSW 2010
店舗Web: https://www.gratia.org.au/
オズハーベストWeb: https://www.ozharvest.org
