オーストラリアでは真冬にあたる毎年7月、NAIDOCウィークというイベントが開かれます。今年2018年は7月8〜15日に開催され、オーストラリア先住民族の文化や歴史を紐解き讃えるセレモニーや講演、ダンス、アート展など様々なプログラムが用意されました。そもそもNAIDOCとは? さらにNAIDOCウィークの今年の開催テーマ、シドニー近郊で7月22日まで開催中の展覧会、会場となったデザイナーズ家具のショールーム「コスケラ(Koskela)」についてお伝えします。
NAIDOCとは?

NAIDOCとは「National Aborigines and Islanders Day Observance Committee」の略称で、オーストラリア先住民である「アボリジニ(アボリジナル)とトレス海峡諸島の人々の日」を遵守する委員会として、20世紀に発足しました。
NAIDOCとNAIDOCウィークの成り立ちに関する詳しい歴史は、同委員会の公式サイトに記載がありました。以下、要約です。
オーストラリアには「オーストラリア・デー」という祝日があり、毎年1月26日と連邦政府によって定められています。これは植民地としての国家の始まりを祝う日で、先住民族側からするといわば侵略の日。その日から先住民族の被虐が始まり、彼らは土地や独自の文化を奪われ、近代化する社会の中で地位を失ってきました。こうした先住民族の状況を踏まえ、1920年代前半にアボリジニの権利団体が地位や処遇の向上を訴えて、オーストラリア・デーをボイコットしました。
しかしこのボイコットはほとんどのオーストラリア国民に知らされることなく黙殺された状態であったため、1920〜30年代にかけて複数のアボリジニの権利団体は認知向上に向けて活動を実施。政府に対する彼らの抗議行動は警察による妨害を受け、中には活動停止に追い込まれた団体もあったそうです。
こうした事態を受け1935年、オーストラリア連邦議会にアボリジニの権利を守る政治家を擁立する申し立てが起こります。しかし政府は、その申し立てが憲法上の責任の範疇に該当しないという対応を取りました。現代の感覚からすると驚くべきことですが、この頃は先住民族の地位が全く保障されておらず、人権侵害の概念すら適用されなかったということですね。
1938年のオーストラリア・デーには、世界最初期の市民運動の1つといわれる大規模な抗議デモと、先住民族の権利を考える会議がシドニー市内で行われ、1,000人を超える人々が参加しました。これは「Day of Mourning(喪に服する日)」として知られています。
この会議後、代表者は時の首相ジョセフ・ライオンズに先住民族のための国家政策案を提出しますが、政府はこれを再び拒絶。これは、憲法上にアボリジニの法的権利が規定されていなかったためです。
その後、認知向上のためには行事の定例化が必要との考えが高まり、オーストラリア宣教協議会(National Missionary Council of Australia)の支援を得て「Day of Mourning」は年次イベントへと発展。1940〜55年まではオーストラリア・デーの前の日曜日に毎年開催され、「アボリジニ・デー」として知られていました。これが1955年に7月の第1日曜日に変更され、抗議の日ではなくアボリジニ文化の祭典となりました(なぜ日程が変更されたのか、については同サイト内では言及が見当たりませんでした)。
そしてついに、主要なアボリジニの組織、州と連邦政府、多数の教会グループのサポートの下、NAIDOCの前身となる「全国アボリジニ・デー遵守委員会(NADOC)」が設立。同時に、7月の第2日曜日がアボリジニの人々のための記念日となりました。

1972年には、連邦政府にアボリジニ担当省(Department of Aboriginal Affairs)が発足。これは1967年の国民投票の結果を受けてのことでした。省庁が作られてからまだ50年も経っていないとは、先住民族の労苦は想像に難くありません。
1974年から、イベントはアボリジニ・デーだけでなく、7月第1日曜から第2日曜までの1週間を祝うものへと変更され、毎年開催されています。。オーストラリアの多様性を形作る文化や歴史を祝うべく、NADOCはアボリジニ・デーを(オーストラリア・デーと同様に)国民の祝日とするよう1984年に提案しましたが、これは未だ実現していません。
また、1990年代になりオーストラリア大陸に暮らすアボリジニだけでなく、周辺のトレス海峡諸島の人々(通称:アイランダー)への認知も高まったことからNADOCは現在NAIDOCに改称し、広く先住民族の文化や歴史についての啓蒙活動を続けています。
今年のテーマは「女性」
上の画像のポスターにもあるように、今年のNAIDOCウィークのテーマは「Because of her, we can!」というもの。特定の女性ではなく、家族の中の母親や娘、またビジネスパーソンから政治家といった社会的な存在まで、幅広く女性の存在をピックアップしたようです。今回のテーマの選定は、世界で注目されている「#MeToo」運動などの影響もあるのかもしれません。
NAIDOCの開催テーマは変わり、言語やソングライン(夢の道)といった独自の文化のほか、英雄、家族、老人と若者など、様々な角度から先住民族の在り方に光を当てています。過去のテーマやポスターなどは公式サイトで確認できます。
NAIDOCウィークの期間中にはオーストラリア各都市で多様なイベントが開かれました。シドニーでは先住民族出身のデザイナーによるファッション展(〜7月29日)、写真展、映画作品の上映会、トークショー、セレモニーなど、1週間にわたり(催しによってはそれ以降も)イベントが満載。シドニー市内でのNAIDOCウィークの各イベントは、シドニー市のウェブサイトにまとめられています。
アボリジナル・アートの展覧会

今回、シドニー近郊のローズベリー(Rosebery)で開催された「Kungka Kunpu / Strong Women」というアート展を訪れました。「Kungka Kunpu」は、先住民族の言語の1つであるピチャンジャジャラ語(Pitjantjatjara)で「強い女性」という意味の言葉。ピチャンジャジャラ語は、オーストラリア中央部のウルル(エアーズロック)やカタ・ジュタのエリアに住むアナング(Anangu)という部族が主として話す言語です。オーストラリア政府のサイトはその発音を「pigeon-jarrah」と表記していましたが果たしてピチャンジャジャラとどちらが正解に近いのでしょうか。
同展の会場となったのは、「コスケラ(Koskela)」という家具や雑貨ブランドのショールーム。コスケラはデザイン&ライフスタイル・ブランドとして、生涯を通して長く使えるデザイン、労働環境に配慮したオーストラリア国内での製造、森林環境を守る持続可能性のある素材調達、先住民族とのコラボレーションによる支援のほか、売上の一部を先住民族コミュニティーに寄付するなど、エシカル(倫理的)な取り組みを全面に押し出した現代的な企業活動を行っています。

ソファーやダイニングテーブル、照明器具などが並ぶ一角に、絵画が展示されていました。今回の展示では、南オーストラリア(SA)州にある「イワンジャ・アーツ(Iwantja Arts)」というアボリジナル・アート・ギャラリーの作品を見ることができます。

作品は数点だけでしたが、壁に飾られた大きな絵はとても存在感があって美しく、周りの雰囲気にしっくり溶け込んでいました。家具のショールームという場所柄、実際に個人宅の装飾品として購入されて飾られたらどうなるか、という想像もしやすかったです。

余談ですが、オーストラリアではギャラリーだけでなく野外展覧会などでも、作品名が書かれた札に「売約済み」を示すシールが貼られていることが珍しくありません。鑑賞者向けのカタログやパンフレットにサイズや金額が載っていることもあり、「お金を出して気に入ったアート作品を所有したい」という人が購入しやすいようになっています。値段も数百ドル程度からあるので、家具を買う感覚に近いかもしれません。実際に、会場で「このサイズ、居間のコーナーに置けると思う?」「ちょっと大きいんじゃないかな」といった会話をするカップルなども見かけたことがあります。
西欧社会にはアート・コレクターという肩書きがあり、コレクターに見出されて有名になるアーティストもいるので、有名なコレクターは目利きとしてアート界からも一目置かれる存在です(美術品収集家の夫妻の日常を映した『ハーブ&ドロシー』というドキュメンタリー映画もありましたね)。日本ではお金を払って美術品を所有するのはちょっと特別なこと、という印象で、アート・コレクターは少ないといわれています。こうした所有への感覚は、アートと日常との距離の近さや、アーティストが職業として成り立つかどうかにも影響している気がします。
今回の展覧会の作品については、会場のウェブサイトに作者の生い立ちや作品の説明が1点ずつ掲載され、販売もされています。なお、展覧会の開催は7月22日まで。
Tシャツで先住民族をサポート
絵画の展示だけでなく、アート作品をプリントしたTシャツの展示・販売も行われていました。NAIDOCウィークの特別企画として、アボリジニやアイランダーのアーティスト作品を展示する国内の19のギャラリーとコスケラのコラボレーションで作られたそうです。

Tシャツ1つひとつに作者の顔写真や名前、出身地、メッセージなどが一緒に展示され、ウェブサイトからプレオーダーという形で購入できます。購入することで先住民コミュニティーの支援につながる仕組みです。

「作り手が見える」という流通や消費の在り方は、経済社会の変遷の中で近年、食品や日用品のトレーサビリティー(追跡可能性)による安全確保や信頼の担保という面で注目されています。しかしそれだけではなく、作り手がわかっているモノは愛着が湧きやすく無駄にせず大切に使うようになる、という面から考えても良い潮流ではないかと思います。
このほか、コスケラのショールームには常設の商品としてハンドメイドのカーペットや刺繍入りのクッションカバー、陶器の食器類、子供用の家具や木製の玩具、環境に優しい素材で作られたガーデニング用品、天然素材のコスメやシャンプーなども並んでいました。ショールーム内に落ち着ける雰囲気のカフェも併設されています。
このショールームは、築100年ほどの古い倉庫跡地を改築して作られているそうで、優しい自然光が入り、会社のコンセプト同様にシンプルでくつろげる作りでした。周辺は倉庫街ですが、コスケラ同様にモダンに改装して店舗や飲食店として再利用されている建物もたくさんありました。すぐ近くにはスイカを使ったケーキで有名なブラックスター・ペイストリーのカフェも。シドニーのセントラル駅付近からバスで20分ほどです。
