2020年シドニービエンナーレ芸術監督はブルック・アンドリュー、初の先住民族ゆかりのアーティスト

2020年に開催予定の第22回シドニー・ビエンナーレの芸術監督に、オーストラリア先住民族ウィラドゥリの現代美術家ブルック・アンドリューが決定しました。先住民につながりのある芸術監督が就任するのは、シドニー・ビエンナーレ史上初めてのことです。2年後のビエンナーレ開催に向け注目が集まるブルック・アンドリューのこれまでのアーティストとしての活動や、ウィラドゥリ・ネーションについてまとめました。

オーストラリア先住民とケルトの系譜を持つ芸術家

https://twitter.com/biennalesydney/status/1009224309330477056

オーストラリアで2年に一度開催される現代アートの祭典シドニー・ビエンナーレBiennale of Sydney)。その6月19日付のメディアリリースによると、2020年の同イベントの芸術監督に指名されたブルック・アンドリュー(Brook Andrew)はケルト人の先祖を持つウィラドゥリ・ネーション(Wiradjuri Nation、オーストラリア先住民の国の1つ)の芸術家で、1996年から国内外で創作活動を行っているそうです。

ブルック・アンドリューは2010年と2018年のシドニー・ビエンナーレに出展作家として参加していたほか、オランダ、フランス、スペイン、メキシコなどの美術館や博物館で展覧会を開いたりアートプロジェクトを遂行したりと、国際的に活躍しているアーティストです。

シドニー・ビエンナーレの会長ケイト・ミルズ(Kate Mills)は、ブルック・アンドリューの芸術監督(Artistic Director)就任について、彼のこれまでの功績を讃えた上で、「シドニービエンナーレは、議論や鋭い討論において刺激的な地理的特徴を持っています。我々は集団として、複雑な未来に直面しているため、オルタナティブな未来を想像するブルック・アンドリューの実際的で変容性のあるクリエイティブな試みを楽しみにしています」とコメントしています。

これはつまり、オーストラリアの地理的な特徴により起きている出来事には議論の余地があり、まだ答えが出ていない問題を抱えていること、そして先住民や移民、難民などを擁する国(集団)としての未来が不確定で複雑な状態であることを指摘した上で、シドニー・ビエンナーレはそれらの当事者の立場でアートに関わることの表明ととれます。そして、それらの課題やテーマに対して、芸術監督のブルック・アンドリューがどんな手腕を見せるか期待できる、ということになるでしょう。

ブルック・アンドリューのウェブサイトには、以下のような彼のバイオグラフィーの説明がありました。

ブルック・アンドリューは、植民主義と近代主義の史実を調べて作品を作り上げる学際的なアーティストとして知られています。博物館の資料や記録文書を用いた作品や、複数のアーティスト作品のキュレーションするプロジェクトを通して、忘れ去られた「物語」を目に見える形で表現し、世界史を解釈するための選択肢を提供しようとしています。母国の対象物やアーカイブからインスピレーションを引き出す以外にも、さまざまなコミュニティーの、私的・公的なコレクションを扱うために世界中を飛び回っています。

Biennale of Sydneyの公式サイトから
Biennale of Sydneyの公式サイトから

当記事の後半でも紹介しますが、ブルック・アンドリューが作品の一部に組み込んで使う古い写真や文書などは、歴史の教科書には載らないけれども本当にあった出来事を証明する「証拠」のようなものばかり。史実という言葉が、いかに多くの事実を取りこぼしているかに気付かされます。それをアートとしてテーマに基づいて再編し取り上げることで、博物館の隅で誰の目にも留まらず風化していったような記録に目を向けさせるというのがブルック・アンドリューの作風です。研究者タイプのアーティスト、といえるかもしれません。

上記のバイオグラフィーの中で、「母国の(vernacular)」という表現が使われていることには、ブルック・アンドリュー自身のバックグラウンドが関係しているように思われます。もし「オーストラリアの(Australian)」と書けば、その言葉が指すものは現在の連邦政府を中心として成り立つオーストラリアです。それは、先住民族の土地や生活の権利を奪い、虐げてきた、被支配者としての歴史を持つ国家でもあります。ブルック・アンドリューは「母国」という言葉を選んで使うことで、自身のアイデンティティーを形作る(あるいは一部を為す)先住民族の国と、現代オーストラリアの両方を示したのではないでしょうか。

ウィラドゥリ・ネーションとは

ブルック・アンドリューの系譜として挙げられているウィラドゥリ・ネーションは、現代オーストラリアの地図でいうとNSW州中央部、ワガワガ(Wagga Wagga)やダボ(Dubbo)、 コンドボリン(Condobolin)、オレンジ(Orange)、バサスト(Bathurst)、アルバリー(Albury)、ナランデラ(Narrandera)、グリフィス(Griffith)などの地名で知られるかなりの広範囲の地域に相当します。これは、ウィラドゥリを含むマレーダーリン盆地南部の先住民族の国々について説明した「インディジェナス・ネーションズIndigenous Nations)」というウェブサイトに記載されています。

「Indigenous Nations」ウェブサイトより
「Indigenous Nations」ウェブサイトより

オーストラリアには白人の入植前から現在まで、多数の先住民族が暮らしています。彼らはこれまでアボリジニという名称でひとまとめに捉えられてきましたが、実際は言語や習慣が民族ごとに異なり、それぞれの国(Nation)を持つというのが彼ら本来の在り方です。

しかし先住民族の国々の存在は「オーストラリア」の名前の下で無視されている状態で、地名も変えられていることがほとんどです。ウィラドゥリ(Wiradjuri )という地名をグーグルマップなどで検索しても、「Wiradjuri  Reserve」と名付けられた小さなエリアしか出てきません。

2年後のシドニービエンナーレの芸術監督に任命されたブルック・アンドリューは「ケルト人の先祖を持つウィラドゥリ・ネーションの芸術家(an artist of the Wiradjuri Nation with Celtic ancestry)」とメディアリリースで説明されていますが、彼自身がウィラドゥリの血を引いているという意味なのか、その土地で生まれ育った、あるいはそこを活動の場としているということなのかは、(ブルック・アンドリュー自身のウェブサイトにも)見たところ明記されていません。

ただ、ブルック・アンドリューの出自や血縁がどうということよりも、彼自身が先住民族の国をバックグラウンドの1つと表明してアーティスト活動を行っているということ自体が、非常に意味のあることに違いありません。それを踏まえた上で、2020年のビエンナーレの開催コンセプトや出展作家のラインナップがどんなものになるか、今から楽しみです。

なお、シドニー・ビエンナーレのサイトの最下部には以前から、以下のようなメッセージが掲載されています。

The Biennale of Sydney is located on the traditional lands of the Gadigal people of the Eora nation. We acknowledge the Traditional Custodians of the land and pay respect to Elders, both past and present.

(シドニー・ビエンナーレは、エオラ・ネーションのガディガル人の伝統的な土地の上で開かれます。我々はこの土地の伝統的な管理人を認め、現在と過去の長老たちに敬意を表します。)

ブルック・アンドリュー、2018年のビエンナーレ作品

今年2018年の第21回シドニー・ビエンナーレは、初のアジア人芸術監督に片岡真実さんを迎え、約3カ月の展示期間を経て6月11日に終了したばかりですが、そこにブルック・アンドリューのアーティストとしての作品が展示されていました。会場はオーストラリア現代美術館(MCA)、作品名は「What’s Left Behind(何を残してきたか)」。

What’s Left Behind, 2018 by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)
‘What’s Left Behind’ by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)

部屋を丸ごと使って作られたミックスド・メディアの(さまざまな表現方法のアートをミックスして構成された)作品で、水、空気、火、土、金属の要素を表す5つの彫刻に、オーストラリアの博物館から集めた記録写真、映像、手紙、本などがアーカイブ的に組み合わせられ展示されています。

What’s Left Behind, 2018 by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)

ブルック・アンドリューは当作品の制作に4人のアーティスト(Rushdi Anwar、Shiraz Bayjoo、Mayun Kiki、Vered Snear)に参加してもらい、テーマを共有した上で作品を作り上げています。そういった意味でアンドリューはこの作品で、自ら素材の収集や作品の制作にあたるだけでなく、キュレーターの役割を果たしてもいることになります。なお、参加しているMayun Kiki(マユンキキ)さんは北海道のアイヌのアーティストだそうです。

What’s Left Behind, 2018 by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)

What’s Left Behind, 2018 by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)

What’s Left Behind, 2018 by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)

What’s Left Behind, 2018 by Brook Andrew, at 21st Biennale of Sydney (Photo: HeapsArt)

展示そのものはもう終わってしまいましたが、ブルック・アンドリューによる当作品の情報はシドニービエンナーレのウェブページで読むことができます(2018年6月現在)。

コメントを残す