2年に1度の現代アートの大型展「ビエンナーレ・オブ・シドニー」が今年も約3カ月にわたり開催されます(3月16日〜6月11日)。第21回目の今年は日本人キュレーターの片岡真実さんを芸術監督に迎え、35の国と地域のアーティスト70組の作品がシドニー市内7カ所で展示されます。観賞は全て無料です。今回の開催テーマや、目玉となる芸術家アイ・ウェイウェイなど、見どころとなるポイントをご紹介します。
史上初のアジア人芸術監督
今年のビエンナーレの芸術監督(Artistic director)に選ばれた片岡真実さんは、同イベント史上初めてとなるアジア地域出身者。前回(第20回、2016年)のビエンナーレでは片岡さんは芸術監督と共にイベントを形作るキュレーターの1人として参加していましたが、今回はイベント全体のカラーを決定するポジションに任命されました。
片岡さんは森美術館(東京・六本木)のチーフキュレーターで、「会田誠展:天才でごめんなさい」(2012〜13年)など話題をさらった展覧会のキュレーションを手がけています。日本のシンクタンクで芸術関連の調査研究にあたっていたことがあるほか、京都造形芸術大学の大学院で教鞭を執り、ロンドンのヘイワードギャラリーの国際キュレーター、第9回光州ビエンナーレ(2012年)の共同芸術監督などの経験も持ち、世界のアート界の仕掛け人の1人といわれています。特に、日本だけでなくアジアの現代アート分野に強みのあるキュレーターとして知られています。
そのため、今年のビエンナーレ・オブ・シドニーの芸術監督に片岡さんの就任が決まった時、オーストラリアの地元メディアのインタビューでは「ビエンナーレではアジアのアートに力を入れますか?」といった質問を多く受けていた印象でした。
実際に今回の出展アーティストのラインナップを見ると、世界各国のアーティストを広くあまねくキュレーションしているのが分かります。日本人アーティストは前回と同じ4組です。
ただ、アーティスト発表のかなり早い段階(例年、ビエンナーレの出展者は順次発表されていきます)で、世界的に有名な中国人アーティストのアイ・ウェイウェイ(Ai Weiwei、艾未未)の参加が発表され注目度がアップしました。
片岡さんはその後インスタグラム・アカウントでもアイ・ウェイウェイとのツーショットのセルフィー写真を公開し、アーティストとの信頼関係を印象付けました。
なお、シドニーでのビエンナーレ開催は今年で45周年です。「2年に1度」を意味するビエンナーレなのになぜ奇数年かというと、3年に1回の開催だった時期があるからだとか。通常、3年に1度のアート展はトリエンナーレと呼ばれますが、なぜかビエンナーレの名称は変わらなかったようです。
今年のテーマは?
ビエンナーレ・オブ・シドニー毎回、開催ごとにテーマをサブタイトルとして掲げています。
今年のテーマは「SUPERPOSTION: Equilibrium & Engagement(スーパーポジション:平衡と約束)」。スーパーポジションは「重ね合わせ」「重層」などと訳され、量子力学の基本を表す言葉です。

量子力学(量子論)の考え方をざっくりまとめると、例えば「光という存在は波動性と粒子性という2つの全く別個の性質を持っていて、どちらか一方では説明できず、つまり波動だけ・粒子だけでできているのでもない。光は光としか説明できない」というもの。量子力学そのものは物理学の分野の理論でシュレーディンガー方程式などが有名ですが、近年、理系に限らず様々なジャンルで比喩的に扱われることが多いという背景があります。
この「量子論的な見方」を量子以外の世界に持ち込んで、事象に新たな解釈の光を当てると、「物事に1つの答えしかないという時代は終わるのでは?複数の解が同時に存在するという平衡的な考えも有りなのでは?ではどうやってそれを現実に取り入れる?」といった問い直しが発生します(以上、完全に私見ですが理解の一助となれば)。
ビエンナーレ公式サイトの序文によると、スーパーポジションというキーワードで現代の世界の構造を読み解くとして、「電子のようなミクロの物質は本質的に、波動と粒子という二重の形で存在する。「重なり(スーパーポジション)」という言葉には、気候や文化、自然や宇宙の秩序、土地所有の解釈、歴史の読み解き方、アートの歴史と意味が込められている。第21回ビエンナーレ・オブ・シドニーは、いかにして(前述の要素を含む)平衡状態を実現できるか、対立概念も同等に考慮し、事象を掘り下げながら、エンゲージメントというレンズを通して展望を提供する」(意訳)といった内容が掲げられています。テキストは更に続き、「現実世界では、各レベルでの衝突、崩壊、再生が繰り返され、多様な要素が一体となって現れ、価値観や信念、政治制度の拮抗は加速しているように見受けられます」として、世界を観察・再考するためにビエンナーレが創造的かつ意義ある経験となるはず、と結ばれています。
私見ですが、「エンゲージメント」はこの場合、既存のルール、価値観、約束事といった意味に解釈するのがいいかと感じました。ごく簡単にまとめると、複雑化する世界の在り方を作品を通して様々な面から見つめてみようということで良いのでは。簡単すぎますが、実際には作品ごとにコンセプトなどの説明書きが付いているので、理解する助けになると思います。
もっと言ってしまえば、作者の意図通りの理解が観賞に必要なわけでもなく、「きれいだな」「おもしろい」「不思議だ」「好き/嫌いだな」でも十分なはずです。もし「なぜこの作品を好き/嫌いと感じるのだろう」などと作品に興味を持ったら、「何が心を動かされる要素なのか」と制作背景や作者について、また展覧会についてもっと知ることもできる、というところでしょう。
なお前回(第20回)のテーマは「The future is already here — it’s just not very evenly distributed(未来は既にここにある。ただ、まだ普及していない)」で、これはアメリカ系カナダ人のSF作家ウィリアム・ギブスンによる有名な警句。ギブスンの代表作『ニューロマンサー』(1986年)はサイバーパンクSFというジャンルの先駆的存在で、今読んでも衝撃的な小説です。
Don’t Follow the Wind (Chim↑Pom他)、第20回 ビエンナーレ・オブ・シドニーの展示風景(2016年)
気になるアイ・ウェイウェイの作品
今回のビエンナーレの目玉といえるのが、コカトゥー島とアートスペースという会場に展示されるアイ・ウェイウェイの作品です。コカトゥー島の作品の一部は、ビエンナーレのインスタグラム公式アカウントで既に公開されています。
写真の黒い作品は、60メートルのボートに群れる無名の数百の人々をモチーフに、オーストラリアの課題の1つでもある難民の姿を描き出しています。ビジュアルのインパクトについては、実際に現地を訪れて確かめたいと思いますが、作品概要はサイト内で簡単に説明されています。
アイ・ウェイウェイは中国出身の現代美術作家・評論家で、社会運動にも注力しており、現在はベルリン在住。アジアの現代アート界で最も旬で有名なアーティストの1人といっても良いでしょう。
なぜ彼がそんなに有名なのかというと、まず中国は言論や表現に対する政府規制が厳しい国家で、アイ・ウェイウェイの自由で時にラディカルな表現が中国当局に何度も取り締まられていることが挙げられます。四川大地震の際の政府対応への批判などから複数回にわたり当局に自宅軟禁・拘束され、アイ・ウェイウェイは肉体的・精神的な苦痛を与えられ、国際的な人権問題に発展。しかし今度はその事実を作品にして発表するなど、理不尽な現実に屈せず表現の自由を追求し続けています。
中国当局のアイ・ウェイウェイへの圧力の強さは、彼の表現の真摯さを表しているともいえるでしょう。現実から目をそらさず、現代アート勃興期の1980年代から常に議論を呼び起こし社会に影響を与える作品を創り続けてきた彼の作品を、ビエンナーレでぜひ味わってみてください。
第21回 Biennale of Sydney 開催概要
- 日時:2018年3月16日(土)〜6月11日(月)
- 会場:シドニー市内各所
・NSW州立美術館(Art Gallery of New South Wales)
・アートスペース(Artspace)
・キャリッジワークス(Carriageworks)
・コカトゥー島(Cockatoo Island)
・オーストラリア現代美術館(MCA、Museum of Contemporary Art Australia)
・オペラハウス(Sydney Opera House)
・4Aセンター・アジア現代アート(4A Centre for Contemporary Asian Art) - 料金:無料

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