たくさんの移民が住む多文化国家のオーストラリアでは、世界各国のアートに触れるチャンスが多くあります。そんな中でも、シドニーのホワイトラビットギャラリー(White Rabbit Gallery)は中国(系)の現代アートを専門に扱う大型アートギャラリーとして有名で、立地もセントラル駅や複合商業施設セントラルパークモールから徒歩圏内と便利です。

今回は、2018年1月28日までホワイトラビットギャラリーで開催中の展覧会「Ritual Spirit」の模様をご紹介します。
Ritual Spirit のテーマは?

ギャラリー公式サイトに掲載された今回の展覧会の紹介文によると、中国では昔、芸術は神様からの贈り物と考えられていたそうです。儒教、道教、仏教が信仰されていた頃のこと。ただ今日の中国では無神論が公式の「宗教」となっている状態で(日本も似ていますね)、人々が信仰について考えるということはあまりありません。しかし、精神性というものへの関心は高まっているそうです(これも日本と同じですね)。
中国の現代アーティストTianzhuo Chen(陈天灼、チェン・ティエンジュオ)「無神教で育ったことが、私が信仰を切望する理由の1つだと思います」と話していて、彼は今は仏教徒。
無神論者や懐疑主義者であっても、文化的な記憶と人間の精神性の中に宗教的なものを持っていることもあります。また、現代においては金銭、権力、快楽といったものが神々のように崇められ、まるで宗教的シンボルかのようになっていることもあります(これ、中国に限った話ではなく物質文明社会全体にいえますね)。
といったようなことが、公式サイトに書かれています。( )の中はあくまで筆者の意見ですが。展覧会のテーマはざっくりいうと「信仰」といって良いでしょうか。何を信じて、何を指針として生きていくか。消費文明の色が濃い中国の現状は日本と似ているところがある(と思う)ので、アーティストがそれをどう感じ、考え、表現しているのか、興味深いです。

ホワイトラビットギャラリー」は地上1〜3階までが展示スペースになっており、決して小さなギャラリーではなくかなり見応えたっぷりです。無料で観られる私設美術館。階段かエレベーターで上がると、展示室の一角はこんな感じです。

彫刻からインスタレーションまで
今回、たくさんの作品が並び印象的なものが多かったのですが、特に象徴的というか分かりやすいなと感じたものをいくつか。
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このビデオインスタレーション作品タイトル「Joss」は、(中国人が祀る)神像や偶像のこと(コトバンクより)で、映像を観て分かる通り、有名ファッションブランドのバッグやスポーツブランドのシューズが爆破されて燃やされています。とにかく燃える燃える。ずっと観ていると妙な高揚感が湧いてきて、もったいないという気持ちより、小気味いい気持ちが勝ってくる気がしました。刹那的でもありますね。
映像に登場するブランド品について、作品の説明書きには「…the objects being burned here are fakes made from joss (“god”) paper.」と書かれていました。joss paper とは何ぞやと思って調べたら、「冥銭(めいせん)のこと。副葬品のひとつで、金銭、 または金銭を模した物」だそうです(Weblioより)。冥銭、つまり「あの世でお金に困らないように」と、遺体と一緒に火葬したり埋葬したりするアレですね。紙幣を模倣して作られた冥銭を使うのは、中国、台湾、韓国、ベトナム、琉球などの道教や仏教のカルチャーだとか。「Joss」の作者は1981年生まれ、内モンゴルの出身だそうです。日本にも昔、「三途の川の渡し賃」という意味で六文銭を冥銭とする文化があったようですが、それと限りなく似ている気がします。
ということで、その冥銭を使って作られたフェイク(偽物)のブランド品が、作品「Joss」の中で燃やされていたわけです。ルイヴィトンとかナイキとか、色々燃えまくっていましたが、本物じゃないんですね(てっきりイミテーションかと思って観ていました)。
あの世でリッチに暮らせるようにと作られた冥銭でできたブランド品(=現代の消費文明の象徴でしょうか)を燃やすというアクション。そもそも冥銭は、現世の人間が作った模造品のお金。そこには現世の人間の願いや思いが込められていて、物質主義的な現世で作ったお金があの世(精神世界?)で使えるというのは、現世の人たちが作ったルール(思想)なわけです。物質と精神、そこを飛び越えるのが、信仰。作品の中では、現代らしくブランド品の形にして、でもそれは燃えて灰になるだけのものでもあって(ブランドの価値も関係なく)、ただ火を焚いているだけの行為でもあり。人間の行為を客観的に見つめさせてくれて面白かったです。

こちらは「バルコニー」という作品。天井から、マネキンのような腕がいくつもぶら下がっており、手には黒いボルトで黒い人形のようなものが突き刺してあります。人間のパーツを模ったものなのに、なんというかすごく非人間的かつ、でも変な生々しさがある印象。
作品の説明では、「New Year Spring Festival」の前になると、中国南部のアパートのバルコニーには物干し竿のようなラックが登場し、自宅で干し肉を作るために人々は肉を並べるのだそうです。その光景は作者のXu Quに、彫刻に失敗した仏像を想起させ、彼はその失敗した仏像(のようなオブジェ。写真の黒いアレ)を、ソーセージのような千手観音(慈悲の神)の腕の模型と一緒に、バルコニーのラックに吊るした、とのこと。

この黒い巨大な塊は、宙に浮いたアート作品。ロープで吊ってあり、お城というか、宇宙船というか、宇宙ステーションのような印象でした。それも、なんとなく旧式の宇宙ステーションというか。
細部をアップにしてみるとこんな感じです。

説明によると、作者のXu Zhenはレザーや人工皮革と金属でできたベルトやブレスレット、チェーンのようなものを無数に組み合わせてこのキャシードラル(大聖堂)を作ったそうです。昔ながらのパンクロックというかメタルというか、そういうモチーフがちょっとレトロな感じです。
筆者が宗教色がないせいで最初にピンと来なかったのですが、この尖塔がたくさんあるスタイルの建物ってよく考えたらゴシックやネオゴシック(ゴシックリバイバル)様式の宗教建築ですね。シドニーの聖メアリー大聖堂なんかも同様です。
また、説明書きによると「黒には二面的なメタファー(隠喩)があり、キリスト教的な意味でXu Zhenが表現したのはbondage(束縛、屈従)の形、そして性的快楽を意味する宗教的なexaltation(賛美、賞賛、高揚)。この二面性から、彼(作者)はある疑問を抱きます。果てしない自己耽溺やカルト的な性的快楽は、我々の魂(精神)を満たしてくれるものなのか?」。確かに黒は、敬虔な求道者である修道士なども着る色で、死者の魂を悼んで着るのも黒、その上、挑発的な夜の世界のイメージもあります。
作品は細部まで手をかけて作られている風なのに、ロープで無造作に吊るされているというのもなんだかアンバランスで、倒錯的な感じがします。ただ、あんまりエロスを作品から感じないんですよね。厳格さとか、屈従のイメージばかりを筆者は感じました。観る人によって違ってくるかもしれません。

冒頭の、ホワイトラビットの「Ritual Spirit」告知ページでもメインイメージとして使われていたのがこの作品。真っ白な磁器で作られた、人や森を模ったアートワークです。口を開けた大きな蛇が襲いかかろうとしていたり、目から血を吹き出している人がいたり、ファンタジックで美しいのに不穏というか地獄っぽい物語を感じさせるものでした。
と思ったら、すぐ隣の部屋で、この作品が使われた物語のビデオインスタレーションが上映されていました。
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ストップモーション(コマ撮り)の映像で、細かいストーリーはうろ覚えですが、禁忌を犯した人がいて、蛇や嵐が襲いかかって不幸な結末を迎えるといったような、神話っぽい印象でした。
「Mr Sea」は、中国の伝統的な物語をベースに作られたお話で、お姫様と、ミステリアスな女性と毒を持つ蛇がモチーフ。人がモンスターに変えられてしまうという言い伝えのある世界が舞台です。中国の伝統的な磁器という素材で、「transformation(変容)」という普遍的なテーマを描いており、「天然の土が繊細な磁器に変わるように、そして磁器の人形がビデオの中で生きた役者になるように」と説明されていました。
磁器の人形(女性)の表情や動きが妙に繊細でエロティックで生々しく、かつ母性的なものを感じさせるこの作品。作者のGeng Xueは女性アーティストだそうです。
ところで今回の展覧会のタイトル「Ritual Spirit(儀式の精神?)」って、イギリスの音楽ユニットMassive Attack(マッシヴ・アタック)が2016年にリリースしたミニEPと同じです。関係ないでしょうけど。
ホワイトラビットは地上1階(Ground floor)の入り口から入って正面がギフトショップ、左奥には飲茶ティールーム(Teahouse)があり、土日は特に混んでいます。餃子と中国茶が楽しめます。

ホワイトラビットギャラリーは展覧会期間中でも毎週水曜〜日曜のみ営業しており、展覧会のない時期はお休みだったりもするので、訪れる際はウェブサイトを要チェック。ちなみにシドニーのギャラリーはこういう営業形態が結構多い印象です。

